7月 第1回 【モノ作り】
先ごろ、『モノ作り』に関するインタビューを受けました。
大学の理工学部の学生の就職活動を支援する大学学生課の団体の依頼で作られるブックレットの巻頭頁に登場して欲しい、というものでした。
冒頭、私は言いました。
「これが学生に対し、いわゆる“モノ作り奨励”を説くのならば、自分はなじまない。」と。
なぜなら、私はもともと『モノ作り』という言葉が嫌いなのです。
今や、官民挙げて『モノ作り』の大事さ、重要さが強調され、若者に『モノ作り』の職場に職を求めることを奨励しています。この国は、資源もエネルギーもない国であり、伝統的な『モノ作り』で国の発展を目指さなければならない、と言われているのです。
それが何故、私は嫌いなのでしょうか?
ここで使われている『モノ』というのは一般に道具や物品のことです。せいぜい、NHKが力を入れている『ロボットコンテスト』程度のモノを指します。したがって『モノ作り』が奨励されると、若者には『道具作り』・『物品作り』・『ロボコンのロボット作り』程度のことと理解されます。
これは、大学・大学院の理工学部で理工系の学問を習得した学生には気の毒です。彼らはもっと高度な先端的な製品の開発を夢見ているのです。
くるまというモノなら、東ヨーロッパ・インド・メキシコでもつくっています。しかし、自分たちは同じくるまではなく、もっと先端的なくるまをつくりたいのです。ハイブリッドや燃料電池のくるま、あるいは『原子力自動車』などでしょう。
これは単なる『モノ作り』ではありません。先端の物理学・化学・生物学を応用した製品開発を目指したいのです。
このような学生に向って、
「モノ作りが大事だぞ。モノ作りをやれ。」
と、お説教してはいけません。
彼らが目指したいのは単なるモノではないからです。(拙著『子供は理系にせよ!』NHK出版)
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