1月 第3回 【『大槻義彦のページ』への投稿に対するお答え】
昨年末、30日の恒例の『たけしの超常現象特番』への反響は、例年になく大きなものでした。これまで放送の夜から多くのご意見が寄せられました。
そのうち皆様にも私の回答を読んでいただいたほうが良い、と判断されるものがありましたので、ここに公表いたします。
▼ご意見その1
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12月30日の19時頃の番組、アメリカの月面着陸に関わる話題と、UFOなどの素人好みの話題についての議論が会話のあやに流されたように思います。
- 月の石について科学的に検査した結果(宇宙線?等に曝された痕跡が認められない事)と絡めて、議論がなされ、会話のあやに流されたような思いがします。
月に着陸したか否かの現象の証明は、いずれ別の事象で判別できるでしょう。当該現象が事実であるか否かは、独立した現象で複数証明できたとき初めて厳密に証明されると思います。
現時点では、証明するには「実証できる事実」がほとんど無く、素人の思惑に任せてはいかがでしょうか。 - 非存在を証明できないから存在を否定できないのは論理であるが、証明できないから「マガイモノが存在する」と主張する「マスコミ」の論理に乗るのはいかがなものでしょうか、それは、「論理のすり替え」と思いますし、TVで公開的に論理的・科学的思考をないがしろにするものと思います。
UFOは科学的に確認できない事象であるから、UFOはただのUFOでしょう。
UFOをまともに検証するには、独立した現象を厳しく実証的に説明してからではないでしょうか。
独立した証明事象がないままに、UFO現象がまともに議論対象にする対象でしょうか?
UFO研究者と自称する輩と同席して「マスコミの商売」に乗せられるのはいかがなものでしょうか。
UFO研究という名で使われれば、研究という名称さえ疑義を感じます。 - TVの目的は何ぞや、科学的思考の目的は何ぞやですよね。
何千年という長い長い年月を重ね、厳しい批判にさらされ乗り越えて認められた事象の「論理的説明」を「人類の先輩たちの英知であり科学的法則」でしょう。
説明できないことを「まやかしの祈祷師たちが勝手な理屈で現象を説明し、未知な人々を支配して人類の不幸を招いたでしょう。」
「科学的思考とは、いついかなる時でも命がけで真剣勝負で説明できるもの」と断言してください。(私の意見)
TVの目的は、視聴率を上げるため、大衆に迎合するため、経済的収益のためでしょう??? - 説明できない現象に関する議論に参加されるときは、人類を幸せにする基点で主張してください。(私の意見)
以上、勝手な意見を申し上げました。
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▼大槻からの回答
たしかにこの番組では相手の超常現象肯定者たちは、ずらり5~6名が居並びました。それに比べて彼らを否定する役割は私、ただ一人でした。
この5~6名たるや、『UFOの研究家』(自称学者)、お化け研究家(?)、宇宙人の友人(自称)、進化論を否定する未確認生物研究家、それにわれらがUFOオタク、韮澤さん。
この中で真っ当な議論が通用するのは、山口さんぐらいで、あとはとうてい論争にすらならない、言葉すら通じない人たちでした。
これらの人たちと本気でしゃべり合うことは実にばかばかしい限りです。だから、あなたのご意見ももっともなのです。
マスコミに乗せられてしまっているのではないか。そのとおりです。他にも私の著書、『江原スピリチュアルの大嘘を暴く』・『大槻教授の最終抗議』に対しても同様なご意見がたくさん寄せられました。いちいち、これらおかしな連中とかかずらわっていては大槻の沽券に関わる、と。
しかし、本当にこれらオカルトのテレビ、週刊誌、著書などのオカルトをただバカにして問題にもせず高慢な態度で見下していて良いのでしょうか。ほとんどの科学者がそうやっているように、です。
あのオウム真理教事件で新聞各紙がこぞって科学者・教育者の無関心・無責任を糾弾したはずではなかったのですか。たとえマスコミに一部利用されようと、科学的真実をいつもはっきりと発言してゆくつもりです。
▼ご意見その2
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先日テレビで教授がNASAの月探査に疑問を持っている(少なくとも日本に送られた月の石に関して)ということを視聴致しました。
~中略~
それに関して意見を伺いたいのですが宜しいでしょうか。
~中略~
先日の放送で気になることがありました。
オカルト否定派と肯定派に分かれて、討論をされておりましたが、余計な事かもしれませんが、どちらもレトリック、詭弁の言い合いに堕ちたような、論理学の基礎も欠けたような低次元なものであったと感じました。
前件否定の虚偽、後件肯定の虚偽、媒概念不周延の虚偽、誤った二分法(false dilemma)、未知論証、道徳主義の誤謬(Moralistic fallacy)、権威論証(ad verecundiam)、連座の誤謬(guilt by association)、早まった一般化(hasty generalization)、合成の誤謬(fallacy of composition)、論点のすりかえ(Ignoratio elenchi)ストローマン(Straw man)論点回避(Begginng the question)論点先取(petitio principii)と数え上げれば、きりがありません。
どちらかというと、オカルト肯定派に多かったと思いますがオカルトを否定されるのを、責務とお考えでしたら、論理学もとい詭弁術についての教養は不可欠であると思います。
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▼大槻からの回答
- 月の石について。年代測定や同位元素などは当時どこでもやられました。
しかし、私が疑問に思うことはもっと学問的研究成果です。たとえば『放射効果』RADIATION EFFECT などです。 - あの番組での論争での『論理学』の欠如の問題ですが、おっしゃるとおりですね。でも仕方がないのです。何しろオカルトですから。論理以前の問題なのです。
つまり、彼らには言葉がないのです。自然現象を論じている、と称しているのに、彼らの使う言葉はまったく意味不明、定義不可能なのです。
それはそうでしょう。ありもしない絵空事を論ずるのですから、意味も定義もないわけです。
このように言葉のない者との論争では論理のへったくれもありません。ただ、バカと罵倒するのが関の山です。
それなら、あんなくだらない連中を相手にしなければ、という方もいるでしょう。
そうやって放置した結果が、オウム真理教にもつながったのでした。
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