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2008年12月19日 (金)

12月 第5回 【読者の方々からのメール】

このブログの読者の方々から、以下のようなメールをいただきました。
それぞれ返答いたします。


▼メールその1
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大槻教授
どうもはじめまして こんばんは
私は大学院で経済の研究をしているものです。

大槻教授が科学者という立場から、諸々の胡散臭いものに関する批判等をいつも面白く拝見しています。
しかし、教授が批判対象とされているものは、大概が著名な科学者がわざわざ意見を述べるほどの必要性を持つものとは思えません。(オカルト、UFO、血液やら星やら)

「科学は物事の起こる理由を説明するもの」と説明されますが、これは間違いではないものの、科学の実態を正確に説明しているとは言い難いと思います。

科学とは「再現性」「客観性」「反証可能性」の3つを備えたものと定義できると思いますが、あたかもこの3性質を備えているように、装った疑似科学が巷に溢れています。

最近では環境学あたりで武田邦彦などという環境負荷と経済的厚生損失の区別もつかないエセ科学者が幅を利かせています。
昨今は「口に橋を掛けたるが如し」のような自称知識人がもてはやされる時代です。

でたらめな数式やら理論やらの衒学を振りかざして、一般人を惑わせる「口に橋を掛けたるが如し」のような自称知識人をどうにかしていただけませんか。
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▼お答え
このようなご意見はよく分かっています。最近の私の本に関する書評でもあなたと同じようなものがたくさんあります。
例えば『江原スピリチュアルの大嘘を暴く』(鉄人社)では、
「すべて分かりきったことを書いてある。今さら大槻が言うことでもない。」
というご意見がアマゾンの書評に載っていますし、
『大槻教授の最終抗議』(集英社)に関しても同じアマゾンの書評で
「今さら星占いや血液型占いを槍玉にあげても。内容はうすっぺら。」
といわれています。
しかしこれらはまったく違います。私が酷評することは、教育者としての義務です。一般社会には、間違って反科学・非科学の傾向におとしめられ被害にあっている大勢の人達がいるのです。これらを啓蒙すべきなのです。
サプリメントに騙されている人がたくさんいるとき、これがデタラメでインチキと批判しなければなりません。『低級な話題でわざわざ関わることはない』と安住してはいられません。今はそれほどまでに低級な反科学の風潮があるわけです。
なお、“高級な”ごまかし学者に対する批判もやっています。これは一般にはあまりお目にとまらないのですが、月刊誌『パリティ』(丸善)をご覧ください。最近も『経済物理学』批判が載る予定です。


▼メールその2
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はじめまして。
近年、知られているクオリアという心理学か脳科学なのか自分にはさっぱり分からない言葉がありますが、インターネットでそのことを少し調べてみたら、なんやらクオリアを物理の一分野にするとかなんとか載っていましたが、もしクオリアが物理の一分野にされたなら、それはもうすでに物理として成り立たないのではないかと私は思います。
なぜなら、そもそも物理というのは自分たちが住む世界を、数学的かつ科学的に解釈するためにあるのだと思います。なので、人間とか動物のことは生物学の分野になるのではないかと思います。
ですからクオリアが物理の一分野にされたのであれば、物理ではないのだと思います。
自分自身、物理マニア・数学マニアの立場からするとこのことは馬鹿げていると思いますが、大槻教授はどう思われますか?
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▼お答え
おっしゃるとおりです。クオリアなどインチキです。
いったい、クオリアの何を測定するのでしょうか。測定できる『物理量』がなければ、これは絵に描いた餅です。物理量がないものの研究は物理学ではありません。
あと20年もすれば、彼らがいかにインチキであったかが分かるでしょう。
茂木健一郎にお聞きください。
『クオリアの測定方法とその単位を教えて』と。



メールその3
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ひとつ質問なんですが、大槻先生が『オーラの泉』に呼ばれないのはテレビ局の圧力かなんかなんですか?
あんな番組があること自体、不快なんですが・・・
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▼お答え
それは、テレビ朝日にお尋ねください。



メールその4
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拝啓、大槻教授殿
ラジオでちらっと聞いた話ですが、ノーベル賞の日本人研究者のなかで、こんな研究をしていた人がいるそうですね。
というのは、脳の電気信号を画像処理できる、という技術だそうです。目で見た図形をテレビモニターで見ることができるそうです。
私はそんなことできっこないと思っていましたが、もしこれが実用化されれば、オカルトどもがほざく、夢占いや臨死によるあの世などの、うそでたらめが証明されるのではないでしょうか。
たとえば、
・人間の見た夢をモニターで録画し、夢日記をつけ、潜在意識を研究する。
・死ぬ前に見る光やお花畑などをモニターで録画する。
・幻覚を見る証拠をモニターで録画する。
もしこれが実現したら、今様イタコやヘミシンク音などのいんちきは何と言い訳するのか、楽しみです。
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▼お答え
脳電流の画像処理は、今に始まったことではありません。
例えば理化学研究所の田中君(私の教え子)の研究室では10年以上も前から成功しています。
だからこそ私は言っているのです。
「脳すら物理学・生物物理学で解明できる日がやってきた。霊も霊視もばかばかしい。」と。

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2008年12月17日 (水)

12月 第4回 【ばか首相】

数ヶ月前、日本の総理大臣選びのお粗末ぶりを取り上げた。
『核のボタンを持たないトップ選びには真剣にならないのだ。』
と書いたら、賛同のご意見を多数いただいた。
これに気をよくして、さらに首相選びを嘆いておこう。

安倍元首相も麻生首相も、圧倒的世論の支持で当選した。
世論の支持だって?
そのとおり。危うい次期総選挙を前にして、自民党・公明党は世論の強い支持が得られる人物でなければ総理として選べなかったのだ。

確かに安倍・麻生に対する国民の人気は凄かった。
「あべちゃ~ん!」と言って中年女性が目の色を変えた。
麻生のゆくところ、中年女性がついてまわった。
かくして、支持率は60%を超えたのだった。

ところがである。
実際、首相に選んでみると、やることなすこと、ちぐはぐ。世界第2の経済大国の首相にはまったく似つかわしくないことがすぐ分かってしまった。
支持率は急速に下がった。

当たり前だ。“ヨンさま”を追っかけて韓国に行くノリで選んだ首相だもの、馬脚をあらわさない方がおかしい。首相選びに“ヨンさま”追っかけの女たちが主導権をとることがおかしいのだ(笑)。

笑いごとではない。この国の将来を決めるのに“ヨンさま”追っかけ女たちを参加させないことが重要である。
つまり、彼女たちから選挙権を取り上げることである。彼女たちに安易に参政権を与えたのが間違いの基なのだ。

しかし、待てよ?
バカな女の一部から選挙権を取り上げることなどできないではないか。ついでにバカな男からも選挙権を取り上げないと公平ではない。
これも不可能だ。

それならいっそ、すべての国民から選挙権を取り上げるのが公平だ。これこそ、公平な民主主義だ。これで愚民政治はなくなる。
しかし、大槻も大学教授。つまり、教育者のはしくれ。よくもこんな反民主主義を公言できるな。

しかし、選挙権が取り上げられている中国もベトナムもちゃんと政治をやっているではないか。様々な汚職はあるにはあるが、最優秀な人材が共産党独裁支配をしている。

どうも遅れた意識の国民が多数のアジアの国では、欧米流の民主主義は時期が早すぎなのかもしれない。
ベトナムでも中国でも、国民がだんだん賢くなるにつれて民主主義化されてゆくであろう。
日本もこれらの国を見習えば良いのだ。民主主義が早すぎたのだ。
とくに“ヨンさま”追っかけ女たちにとっては、民主主義は早すぎたのだ。

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2008年12月15日 (月)

12月 第3回 【読者の方からのメール】

このブログの読者の方から、下記のメールをいただきました。

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いつもコラムを楽しく拝見させていただいてます。
先生のオカルト批判は、我々現代人が陥りやすい危うさを指摘されていて、とても有意義なものと思います。

ただ、一点気が付いた点がありましたので、指摘させてください。
先日の宗教についてコラムの中で
『大乗仏教経典には、「敵対する者を皆殺しにせよ。」と教えています。』
と先生が指摘されていましたが、大乗仏教は、釈迦よりも後世の人間が作った教えであります。
したがって、「敵対する者を皆殺しにせよ。」とは、本来の仏教の教えでは無いと思います。
このように宗教の教えが後世の人間によって都合よく解釈されてしまうのは、よくあることです。
この点は、宗教の危うさであるかもしれません。
私は、宗教を肯定する者でありますが、宗教の教えに対する注意は必要かもしれません。
これからも、楽しいコラムを見せてください。
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▼大槻の回答
おっしゃるとおりです。
大乗仏教経典は釈迦の教えではないことは当然です。しかし、仏教の経典の大部分が釈迦の執筆したものではありません。
そうすると、仏教とは何でしょうか?
実際に仏教徒は、それを信じてお経を唱えています。つまり、仏教は大量殺戮を肯定していると断じるべきです。
釈迦の真の思想とは隔絶があるのです。それを仏教と呼んでいます。

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2008年12月 8日 (月)

12月 第2回 【経済分野の複雑系】

先に、巷にあふれるおかしな『複雑系』について、このページで批判しました。
それは、世の中の現象は大部分が複雑であるから解明ができない、つまり、不可知論についてでした。物理学では複雑系と言えども、そこの法則性を見出そうとする学問の進歩が著しいことを指摘して、不可知論者の知性を笑ったものでした。

この度、経済の分野のまじめで優秀な学生さんから、このことに関して投書をいただきました。それは、経済の分野では何がしかの成果をあげている、というものです。
複雑な経済現象について、物理学の複雑系の成果を適用して、新しい進歩があるではないか、というものです。

その通りかもしれません。物理学でも統計力学の進歩を経済学に応用しようという『経済物理学』なる分野の研究者がおります。
私は、物理学の日本で唯一の一般雑誌『パリティ』の編集長を23年間務めていますので、物理科学のあらゆる分野に目をとおしてきました。だから、これらのマイノリティの研究も目にとまります。

しかし、私はこれらの『経済物理学』をあまり評価しません。いくら複雑系のカオス理論を経済学に適用しても、それは決して物理学ではありません。
単にカオスの理論を経済現象に適用してみただけのように見えます。確かに現象が似ていることもありますから、数式を形式的に適用することは可能ですね。しかし、これは『類推』・『類似』以外、何物でもないでしょう。いわゆる“SIMILARITY”です。

太陽黒点数と株価は、まったく関係がありません。ところが、ある時期をとれば、この動きは見事に一致するのです。しかし、これで太陽黒点の発生の法則を株価変動の要因に当てはめたとて何が言えるでしょうか。

経済現象にも必ず法則性があるはずです。しかし、それは物理学からまねかれるものではなく、あくまで経済学の発展そのものから導出されるものでしょう。

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2008年12月 4日 (木)

12月 第1回 【読者の方からのメール】

このブログの読者の方から、下記のメールをいただきました。

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大槻先生、いつもブログを楽しく拝見しています。
質問があります。
先生の考える宗教とオカルトの違いとは何でしょうか。
先生は、お葬式に参列したり、お墓参りに行ったりすることはありますでしょうか。
また、これまでの人生の中で、神仏に祈りたくなるような経験はありましたでしょうか。
先生は、聖書をはじめ、既存宗教の聖典の内容について、非科学的だという批判をするおつもりはないと想像していますが、これらの宗教とオカルトの違いは何でしょうか。
私は、非科学的なことを科学的に実証されている事実であるかのように吹聴することには反対ですが、宗教については、人の心のよりどころとしての存在価値があると思います。
これから寒くなりますが、風邪をひかれないようにしてください。
それでは。
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▼お答え
メールをいただきありがとうございます。
たしかに我々にとって宗教はそれなりの役割があると思います。
人は死の恐怖、日々のストレスを抱えていますから、宗教がそのための癒しになるでしょう。しかし、宗教は無くなればそれに越したことはありません。
理由は次のとおりです。

  1. 大宗教の考え方はあまりに古いし、非合理的です。たとえばカソリックの一部は進化論を拒否し、正しい医療行為を否定します。なにしろ大宗教は3,000年、2,000年昔の自然観、生命観なのです。21世紀の文明にはそぐわないのです。
  2. 大部分の大宗教は戦争を肯定しています。その教団に従わない者を「皆殺しにせよ。」と教えています。キリスト教、イスラム教はもちろん、仏教ですら、大乗仏教経典には、「敵対する者を皆殺しにせよ。」と教えています。
  3. 癒しのやり方も非合理的です。どうせなら、臨床心理学の大学院卒の専門家のセラピーのほうが合理的です。彼らは最新医学の成果も取り入れ、セラピーの副作用のことも考慮するからです。

なお、私が宗教にどのような態度をとってきたか、とのご質問ですが、詳しくは最近の著書『大槻教授の最終抗議』(集英社新書)をご覧ください。
                              大槻義彦

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