今月出版に向け頑張っていますが、ここへ来て江原自身が、私の批判を先回りして反論するごとき(笑)インタビュー記事が『週刊現代』に出ました。
実は私は、『江原スピリチュアル』を調べてゆくうち、
「彼はもしかしたら、本当に霊やオーラの幻覚を見ているのかもしれない。」
とも思うときがありました。
このようなことは、霊やスピリチュアルを否定する人達の一部も感じたり、発言したりしています。
しかし、この『週刊現代』の記事で、
「彼はやはり“まとも”で嘘八百を述べているのだ。」
と分かりました。
幻覚・妄想の類ではなく、確信的に「霊が見えた。」「オーラが見えた。」と言っているということです。
まず『放送倫理・番組向上機構(BPO)』の意見書についてです。
例の27時間テレビでの口寄せ騒動のこと。意見書は、こう断じています。
「~~~霊視など科学的に根拠の乏しい題材の取り扱いには慎重な対応」をすべき、「~~~まず霊能者ありき~~~裏付けに欠ける情報の作為~~~スピリチュアルカウンセリングの押し付け」に自制を促した。
さて、これに対して江原はこう反論した。(週刊現代3月15日号)
「BPOから意見されたのは私個人ではない。~~BPOはフジテレビに対し~~~。」
「BPOの忠告は制作サイドのドッキリという手法に対して~~~」
お分かりだろう。
BPOの意見書は、自分に向けられたのではなくドッキリ手法に対してだ、と開き直ったのだった。
それなら江原よ、『霊視など科学的根拠が乏しい』こと、霊能師など『裏付けに欠ける情報』『スピリチュアルの押し付け』などはいったい誰がやったのか?ディレクターの責任もあるが、やった本人こそ問題ではないか。批判され問題にされたのは、ドッキリの手法だけではないのに、素知らぬ顔で問題をすり替える。きわめて悪質な、作為的なやり方ではないか。
さらにもう一つ。『オーラの泉』で口寄せした死んだ父が実は生きていた、という『週刊文春』の記事。江原は強弁する。
「今も生きている実の父、それに亡くなった継父、二人のことは収録時、自分には分かっていた。~~」
前半部分は実の父、後半部分は亡くなった義理の父を霊視したのだ、と言い訳した。
なに?口寄せした実の父が生きていたことはその時知っていただと?江原が言っているではないか。
「お父さんの声、聞きたいとか言っても~~さっきからね、“今さら聞いたところで~~”という感じ。~~」
つまり、壇れいが亡くなった父の声を聞きたいといっても、父の霊は今さら聞いたところで、と言っている、と口寄せしたのだった。
彼は、よくもこうまで取り繕うか。上記のしゃべりでは、誰が聞いても亡くなった父の声について言っていると思うはずだ。
生きている実の父の口寄せだと?
声が聞きたいだと?
馬鹿な。直接、電話すれば済むことではないか。
つまり、江原の霊視・口寄せ・オーラは決して幻覚・幻想ではなかった。作為的騙しの手口だった。彼の、黒を白と強弁する手口をまざまざと見せつけられ、確信を持った。
何しろ、この『週刊現代』のインタビュー、なんと彼の、神棚の飾りのある事務所(?)で3時間にも及んだというのだ。様々な真っ当な批判に対して3時間も延々と口からでまかせの反論をかくも長時間しゃべり続けるのだ。たかが40分のテレビで愚にもつかないデタラメをしゃべることなど何ともないのだろう。