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2007年9月27日 (木)

9月 第5回 【大失敗】

バンクーバーも寒くなり(9月18日頃、朝の最低気温は9℃!)、那須も最高気温が30℃になったので、そろそろと思って帰国いたしました。
ちょうど今年の夏も3ヶ月のバンクーバー暮らしでした。もっとも途中、8月8日にCMの撮影と講演のために一時帰国しました。このとき、日本の残暑のすごさにあてられ夏風邪をひき、風邪薬を飲み続けて日程をこなしました。

かくして帰国、成田に3時半に到着、眠い目をこすりながらそのまま日本橋に向かいました。この日夕方6時から、丸善での『パリティ』編集委員会に出席のためです。
この会議が終わり、自宅に辿り着いたのが夜9時。その時間バンクーバーは朝の5時ですから眠気も最高潮でした。

ともかく我が家に着いたのですが、ここでショック!
なんと窓が開けっ放しだったのです。
何だ!?
ドロボーに入られたか?
しかし部屋は何事もなく、ただ窓から台風の雨風が吹き込んだあとにカビが生えているだけでした。
つまり、8月の1週間の帰国の折、窓を開けたままバンクーバーに出かけたのでした。

東京はまだまだ暑く、2日間いただけで、今度はしっかり窓を閉めて那須に出掛けました。
ところが那須に到着して二度ビックリ!
那須のボロ屋のドアが開けっ放しだったのです。
郵便屋さんがこのドアから郵便物を投げ入れてくれていました。
家の中をドキドキしながら総点検。しかし全ての『金目のモノ』が無事でした。

もうダメだ。
私もすっかりボケたのだ。
福田総理は一国を指導しようと意欲満々なのに同じ歳の私は、窓やドアも閉め忘れるボケかただ。
大事なことをするときには、風邪をひいてもやたら風邪薬を飲まないことだ。

福田さん、風邪薬など飲んで権力を行使しないでください。

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2007年9月21日 (金)

9月 第4回 【Wikipedia】

前回、「Wikipediaの『大槻義彦』欄が嘘っぱちだ、どなたか編集してください。」
と書いた途端、数時間で私の訂正要求に沿って書き直されました。
あまりの早さにびっくりしました。いったい、どなたがやっていただいたのでしょうか?

元のこの欄を作った方が反省して編集したのでしょうか?
それとも反オカルトの立場の方の好意でしょうか?
それとも私が指導した教え子の誰かでしょうか?

いずれにしてもこんなに素早く、私の意に対して対応していただける方がこの世の中にいることは心強いことです。
今準備している『江原スピリチュアル』批判本、および細木などの星占い・血液型占い批判本の出版に勇気がわいてきます。

この出版では宜保愛子批判本のとき以上のあくどい嫌がらせが予想されますが、味方・応援団が多数いらっしゃることを念頭においてがんばります。

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2007年9月18日 (火)

9月 第3回 【デタラメ Wikipedia】

「“大槻義彦”で検索すると面白い項目が数百も出てきますよ。」
と、そばにいた大学院生が教えてくれたが、誰かが書いているのだろうと気にも止めず、無視してきました。
ところが最近あるエッセイの著者紹介欄に
「Wikipediaの大槻義彦紹介記事を参照してよいか?」
という問い合わせがきましたので、あらためて何が書かれてあるか見てみたのでした。

見てびっくり、嘘ばっかり。
明らかにオカルト、オカルトモドキが書いた(編集した)と推定されるものです。
それがよく分かるのは、例えば次のような説明箇所があるのです。

『Japan Skeptics 副会長、会員からの批判で退会。。。』

この会はオカルトを批判し、超常現象を科学的に解明する目的で私どもが作ったものです。
しかしこの会には大勢のオカルト、オカルトモドキが入り込みました。入会の審査が甘かったからでした。この連中は総会などで発言の妨害などをして会の当初の目的に沿わない発言をしました。また、会が終わると何者かが私の車の後をつけ、ときにはタイヤに釘を刺されたり、深夜くりかえしFAXが流されました。

これは会の会員名簿を利用したオカルト連からの嫌がらせと判断、一時、会から退会しオカルト連が退会するのを待って、再び会員に復帰しました。
このいきさつはこのブログでもすでに明らかにしてきたものです。
それをこのWikipediaの編集者は
『会員からの批判で退会。。。』としています。
これは明らかに意図的です。正しくは、
『会に潜り込んだオカルト連中、およびそれらと関係のあるオカルトと絶縁するため退会。。。』
が真相です。

また、『と学会から特別賞を受賞。。。』とありますが、これも嘘です。
『と学会』とありますが、これは単なる任意団体で、学術会議に登録された正式の学会などではありません。
またこの団体は、表面的には反オカルトのように見えますが、実は本質的にはオカルト、オカルトモドキだと思っています。
したがって、私は受賞を拒否、一方的に送られてきた副賞は送り返しました。この副賞は私と宜保愛子がお金の山を前に論争しているという切り絵でした。
つまり『と学会』は、私の宜保愛子批判は金儲けのためと『表彰』したのです。私が受け取り拒否するのも当たり前でしょう。

その他、このWikipediaには『。。。という批判もある。』と書いてありますが、こんな批判はこの編集者が勝手に批判していることでしょう。
客観的な批判とみせて、実は編集者が批判しているのです。批判したければすれば良いのですが、Wikipediaなる事典の類では不適当です。

どなたかこの悪質なWikipediaを編集していただけませんか?

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2007年9月10日 (月)

9月 第2回 【急げ!理系への道】

「どうしたら、子供を理系志望に向けられるのでしょうか?」
「理工系に進学させるには、どんな教育が必要なのでしょうか?」
という質問をお父さんやお母さんたちから長年にわたって受けてきました。

これについて私は、私なりの独特な考えを持っていました。

親だけが子供を理工系に進学させたいわけではなく、もちろん国・地方自治体・経済界などが『理科離れ』を憂いて、様々な対策をとってきました。
例えば、全国いたるところに設立された『科学館』・『科学博物館』・『プラネタリウム』はその表れだし、また、夏休み・春休みなど全国で精力的に企画される『科学実験イベント』・『科学実験ショー』もあります。

私自身もこれら各地の科学館の講演にお呼ばれしたり、科学実験イベントの講師を引き受けたりしてきました。
しかし、これらの取り組みがほとんど効果はなく、『理科離れ』はますます深刻になることを反省もしておりました。

「理系離れを防ぎ、子供が理工系を志望するための教育はどうあるべきか?」
これを考え続けました。そして10年前ごろから、自分でハタと気がついたことがありました。そして、私のこの考えを世に発表しようと致しました。

しかしそれは、世間にはショッキングな内容と考えました。なにしろ『科学館』も『科学実験イベント』も、一部、否定するものだったからです。

「これは慎重にやろう。少し様子を見よう。少なくとも自分の子供や孫がちゃんと理系に進学するまでは、私の考えを公にはできない。」
と思っていたので、著書もエッセイも、このことについてはまったく書きませんでした。

幸い、息子は東大物理から現在、上智大学の物理の教授になり、孫は今年、東大理科Ⅰに入学しました。つまり、わが家庭は『理科離れ』をしなかったわけで、いよいよ、10年間温めてきた『急げ理系への道』の執筆にかかりました。
この本を世に出しても気がかりなことは無くなったと判断したからです。
近く、NHK出版から出版の予定です。

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2007年9月 3日 (月)

9月 第1回 【アァ、日本】

バンクーバーで暮らしていると、日本のことがほとんどわかりません。
ネットのニュースは毎日見るのですが、それでも何か遠い他所の国の出来事のようで、少しも身に入らないのです。

カナダのニュースチャンネル、CTVニュースは毎日見るのですが、日本のニュースなどほとんどありません。
この3ヶ月、日本のニュースは参院選で自民・公明が大敗したことだけだったような気がします。そのニュースも、たった15秒程度の短いものでした。

つまり、世界的にみれば日本は平和で、特にニュースになることもない、ということでしょうか?
それとも、日本という国で何が起ころうが世界の市民にとっては興味もない、ということでしょうか?
私は、その両方だと思います。日本の社会的ニュースで関心のあるのは株価が大きく下げたときだけです。

つまり、日本に対する海外の関心事というのは、日経平均株価だけなのです。これは日本の株式市場に対して外国人の多くが投資しているからでしょう。

こんな感想をこちらの日系人の集まりで話しました。するとその中のおひとりが、苦笑いしながら言いました。
「CTVはカナダと世界のニュースをやるんですよ。日本、日本と言ったって、世界60億のわずか1億のことですよ、つまり60分の1。それでも3ヶ月に1回ぐらい報道されれば、いい方じゃないですか?」

しかし、これは違うと思う。例えば、今回の安倍内閣の内閣改造。CTVではまったく報道されなかった。しかし、例えばフランスの新閣僚は時間をかけて報道・解説されたのでした。
また、チリの内閣スキャンダルは繰り返し報道されました。

ここで見えてくるのは、世界における日本の地位です。
株価以外、日本の政治・日本の社会・日本の文化が世界的に何の関心もないのです。

誰かが、
「アメリカでは日本、韓国などはアメリカのひとつの州だという感覚だ。」
と言いました。

まったくそんな感じがしてきます。

州なら州で結構。州は外交も防衛も無関心、いや、正当な権限はないのですから、もっぱら内政の充実だけに努力すべきです。
つまり、社会福祉・教育・社会資本の充実など。
そんな内政のことなど、海外では報道もされません。それで良いのです。

ところが我が国ときたら、日本は国際的な大国と意識して、内政を省みず、外交・防衛に走っているのです。
どこかおかしい国ですね。

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