3月第3回 【最愛の奥様を亡くした友への手紙】
友へ
人間はうれしいことも悲しいことも、やがて忘れるようにできています。それは、一般に100日と言われています。
100日たっても悲しみが余計増すようなら、それは病気です。脳細胞も時と共に死滅しています。つまり、悲しい記憶も死滅します。そうでなければ、人間は日々のストレスで爆発するでしょう。
亡き奥様をどんなに愛していても、男と女に所詮別れはあるのです。
日々の暮らしも、男手でも、なんでもないものです。
私は若い頃から那須にこもり、自分で掃除・洗濯・食事・草刈・畑仕事とやってきました。
これは、普通の生活です。
今は、夏はバンクーバー、冬はサイパン、春・秋は那須ですが、相変わらず自分で家事の切り盛りをします。別に苦痛とも感じないし、楽しいとも感じない。単に毎日を過ごしています。ひとりで家事をこなすのが寂しいとか、侘しいとか思うのは、家事そのものの侘しさではなく別の侘しさなのでしょう。
それにしても奥様が膠原病だったとは、実に不幸なことでした。
それでもお二人のお子さんを残してくれました。何と素晴らしい遺産でしょうか。
私の知り合いの広島大学の物理屋さんの奥様も膠原病でした。しかし、そのためか最初のお子さんは流産、二人目のお子さんは生まれて一、二年で亡くなりました。
結局、この二人にはお子さんがおらず、そしてこの奥様は若くして亡くなったのでした。この人にはお子さんは残されず、たったひとりでした。
あなたには、二人の素晴らしいお子さんがいます。
その上、学問上も素晴らしい成果も上げられました。また、教育行政でもユニークな活躍をされ、高く評価されています。
このような三つの宝は、あなたひとりで築いたものではなく、お子さんはもちろんのこと、学問・教育の成果も奥様との共同成果です。
つまり奥様は、その生きた証として、生命の足跡として、これだけのことをこの世に残しました。
そのことをいつも心に留め、前向きの供養としてください。
大槻 義彦
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