Mさんから次のようなメールをいただきました。
昨日来の大学教育問題を取り上げた先生の意見や、
先生のブログ読者の方の意見を見ていて、私も高校で
教壇に立っている者として、いろいろ考えさせられます。
大学全入時代となり、
超難関大学を除いて、
入学する生徒の学力レベルは恐ろしく下がっています。
だからわたしたちが大学に入学した40年近く前と
今の学生とでは、同じ大学に入学した、卒業したと言っても
雲泥の差があると思います。それは入学する際に
競争が残っている大学においても同じです。
わたしが卒業したのはいわゆる関西四私学と言われる
大学の一つですが、40年近く昔と打って変わって
経営主義に走っており、めぼしい高校にその大学に
入れるコースをバカバカ導入したり、大学付属の高校も全国にいくつも
作っています。
いまわたしが行っている女子高にもわたしの卒業した大学コース
というのがありますが、
まだ大学に入学もしていないのに、まるで、鬼の首を取ったような
はしゃぎようです。社会科の授業は削られ、大学入学判定に関係ないと
いうことで、社会科の学力はびっくりするほど低い生徒が入っています。
授業中にも友達と話すことに夢中で、教科書に書いてない
歴史の読み解き方の例などや社会で起こっていることの意味を解いてみる
話をしてもほとんど興味を示しません。
理科系に女子を導入するという触れ込みですが、
とても理科系の力があるようには思えません。
結果、ほとんどの生徒が新設学部の何を勉強するのか分からない
文科系の学部に入れられることとなるようです。
これは「教育する価値のない人間はいない」という問題とは、
違う次元の話です。
親も本人も名が知れている大学に入りさえすれば、
将来に明るいことがあるという、思い込みでしかないように感じます。
本当は大学を出たというだけでは、期待するような
社会における地位や財産をもうまったく約束されている
わけではないということを
心の中では分かっているのに、子どもにしてやれることは
形に見える、少しでも上位とされる大学に入れてやることだと
いう考えしか思い浮かばないからではないかと思えます。
実際は私立高校や大学の経営主義に乗せられて、生徒も親も
大金を注入し、同じ教科ばかりに偏った教育を受け、
損をしていると感じます。
自国語もまともに話せないのに、英語ばかりやたらに覚えさせられたり
学力テストばかり受験料を払って受けさせられたり、
とても、この社会をたくましく生きていく教育を推進しているとは
思えません。
そのことを踏まえたうえで、
やはり、いま現在は学力が低くても、
勉強を続けたいと望むことは間違いであるどころか、
立派なことだと思います。
ただ一部のスーパーエリートを選別するための教育が
基礎学力の獲得を阻害し、大学生になっても
小学校レベルの計算ができなかったり、
日本地図や世界の地図も読めない学生がいる現実が生まれる
そのことが問題なのだと思います。
大槻からの回答
おっしゃるとおり、日本は明治以来、いわゆろ『富国
強兵』の教育政策をとってきました。つまり『スーパー
エリート』の選別と教育ですね。このような富国強兵の
教育政策の犠牲になっているのが一般の生徒です。彼ら
が荒れて荒廃するのは、このような富国強兵策への反発、
反撃と考えることもできます。
女子高でもこのような荒廃は顕著です。富国強兵の世
界では女子はとくに犠牲になってきた、という事実と無
関係ではありません。
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